「発酵食品」は身体に良いのでしょうか?

代表的な日本の発酵食品「納豆」「発酵」とか「酵素」という言葉は、世の中で随分関心を持たれている言葉ですね。

グーグルさんで検索すると・・・
「発酵」13,700,000件(平成23年6月27日現在)
「酵素」34,500,000件(同)
(ちなみに「放射能」33,100,000件(同))

この数字だけ見ると、現在「酵素」は「原発事故」並みの関心吸着パワーがあるようです。
「発酵」「酵素」の検索をかけると、上位には「発酵食品」「酵素食品」の紹介サイトがずらりと並びます。
それらのサイトをざーっと読んでいくと、ほぼ全てのサイトがあることを前提としていることがわかります。

それは・・・
“発酵食品および植物発酵エキス(生成物)は身体によい”
でも、どのサイトを読んでも“どのように身体に良いのか”“なぜ身体によいのか”残念ながらよくわからないのです。

はたして、全ての発酵が、身体によいものをつくりだすのでしょうか?
そもそも発酵ってどういう事象を意味するのでしょうか?

「発酵」の意味

わからなくなった時は、まず辞書を引いてみます。
『広辞苑』(岩波書店)
“「発酵」: 酵母・細菌などの微生物が、有機化合物を分解してアルコール・有機酸・炭酸ガスなどを生ずる過程。本態は酵素反応。酒・醤油・味噌、さらにビタミン・抗生物質などはこの作用を利用して製造する。狭義には、糖質が微生物によって酸素の関与なしに分解する現象を、また広義には、これと化学的に同じ反応過程である生体の代謝(解糖系など)、および微生物による物質生産を指す”

はい、ますますわからなくなりましたね。
わからなくなるのは、「発酵」という言葉が“似ているようで違う二つの領域で使われている”ということを、一つの説明で語りきろうとしているからです。

まずは、この二つの領域を図示してみましょう。

1:生命体が有機物または無機物の分解によってエネルギーを獲得する代謝反応(異化)のうち、光を使わず(光合成でない)かつ酸素の関与なしに行われる反応を「発酵」という。

生命体の異化反応

発酵と腐敗の境界線

各生命体は、これらの異化反応のいずれかまたはその組み合わせで生命維持のエネルギーを得ている。

例)多くの植物は、光合成をしながら呼吸をしている
人間は通常呼吸によってエネルギーを得るが、筋肉で酸素が欠乏状態になると、酸素を使わず乳酸発 酵によって筋肉を動かすエネルギーを得る。その結果筋肉に乳酸が溜まるのが“筋肉疲労”“筋肉痛”。

2:微生物による物質生産のうち糖質を無酸素的に分解することを「発酵」という

すべての微生物の物質生産

微生物による物質生産

はい、「広辞苑」さんを整理してみました。
1は対象が生命体一般
2は対象が微生物
という違いですね。

でも、2の説明だと糖質以外のものを変質させるメタン発酵等は狭義の「発酵」にはならなくなってしまいますね。そこで、2を勝手に次のように変形してみたいと思います。

3:微生物による物質生産のうち「腐敗」でないものを「発酵」という

発酵食品「キビヤック」

現在、ほとんどの人が「発酵」という言葉でイメージしているのは、この3のカテゴリーです。
(少なくても、グーグルさんやヤフーさんで「発酵」を検索した時に3ページ目までに表示される「発酵食品」「酵素飲料」等はすべて、この3のカテゴリーでした)
この3のカテゴリー分けの問題点は、「発酵」と「腐敗」の境界があいまいだということです。

「発酵」と「腐敗」の境界はあいまい

例えば・・・
「発酵」微生物それ自体を主人公にした名作マンガ『もやしもん』で冒頭に登場する「発酵食品」キビヤック。
この発酵食品はカナディアン・エスキモー(イヌイット)が「アザラシの腸内に海鳥をつめこんで、土に埋め、数ヵ月後に掘り出してどろどろに発酵?した腸内物を吸いだして食べる食品」ですよ。
『もやしもん』の中でも、その悪臭のあまり行方不明女性の「死体」と間違えられるという設定です。

イヌイットの人々がこのような「発酵食品」を作るのは、食料の保存?と同時に、乳酸発酵によってビタミン類が生成され、不足しがちな必須栄養素を補給できるからだそうです。
確かに乳酸発酵した海鳥のたんぱく質は、ビタミン等の栄養価は高いかもしれませんが、わが国で“食品”として供されるには余りにハードルが高そうですね。

お隣韓国には、栄養どころか、有害物質を発生させる「発酵食品」ホンオ・フェがあります。
これは魚のエイを生のまま甕に押し込んで重しで空気を抜き、嫌気状態で10日間ほどでできあがるものですが、エイ自体にある自己消化酵素によるたんぱく質分解と、嫌気性細菌による分解とで、有毒なアンモニアが発生する「発酵食品」です。
ホンオ・フェを食べると口中にアンモニア臭が立ち込め、それが鼻に抜けて、そのあまりの刺激臭で涙が止まらなくなり、気絶する人もでるそうです。当然有害物質なので、食べ過ぎると中毒をおこします。

もちろんわが国の「鮒鮨」や「くさや」や「納豆」だって、知らない人から見れば間違いなく「腐敗」したもの、と思われてもしかたがありませんし、その“発酵臭”の素には、アンモニアや硫化水素など、人体に有毒な物質も含まれています。

というわけで、必ずしも「発酵」=よいもの というわけではないということを抑えておきましょうね。

「発酵」と「腐敗」の境界はあいまいで、地域による食文化の違いや個人の嗜好性によって可動することを前提に、ここでは「発酵」を“原則として微生物による物質生産のうち「腐敗」(人体に有害な物質を作り出すもの)でないもの”としておきます。
「発酵食品」「酵素飲料」を対象に考える場合には、“原則的に”これでよいかと思います。

と言いながらすぐ例外のお話。

みなさんが良くご存知の発酵飲料?の中で「微生物」が関与しない発酵によって出来上がっているものをご存知ですか?

答えは「紅茶」。
これはお茶の葉に元々含まれる「酵素」が発酵を促すことで出来上がるものです。

「発酵食品」が世界中で作られ、食べられている理由

わが国の発酵学の第一人者小泉武夫先生によると、「発酵食品」が作られ、食べ続けられてきた理由は、以下の3点だそうです。

  1. 保存性
  2. 栄養価
  3. 味・香りの“美味しさ”

発酵食品の「保存性」

発酵食品の保存性、というと味噌とか醤油とかが思い浮かびますね。
でも待ってください。味噌とか醤油が保存性が高いのは、それが発酵食品だからというより、塩分が多いからではないでしょうか。
発酵食品だからと言って何でも「保存性」が高いわけではありません。
代表的な「発酵食品」であるお漬物類は、塩分を流すと途端にカビや細菌の総攻撃を受け、腐敗が始まります。だから市販の「お漬物」にはどれもたくさんの「保存料」が入っています。

発酵食品の中で「保存性」が高いのは、乳酸菌による発酵食品です。
乳酸菌は糖を分解して乳酸を作り出し、その乳酸が他の腐敗菌の侵入を防ぐ役割を果たします。
このような現象を「拮抗作用」と言います。
(このような微生物の「拮抗作用」を利用して開発された薬が「抗生物質」です。)

例えばチーズに青かびを生やすブルーチーズは、青かびの拮抗作用でたんぱく質を腐敗させる菌の増殖を抑制しています。ただし、微生物の「拮抗作用」はあまり長続きはしません。
必ず隙をついて他の微生物が攻撃してきます。発酵食品の「保存性」を過大評価するのはちょっと危険です。

発酵食品の栄養価

おそらく、「発酵食品」の最大の貢献は、ビタミン類等の「生理活性物質」を作り出してくれること、そしてアミノ酸の摂取を容易にしてくれることです。先に紹介したカナダエスキモーの「キビヤック」やチーズやヨーグルト等の乳製品や日本の熟れ鮨(鮒鮨、飯寿し、あゆ寿し等)は、野菜類が摂り難くなる冬季に、ビタミン摂取の重要な手段となりました。
また、動物性たんぱく質をあまり食べなかった江戸時代以前の日本人(特に農民層)にとって、味噌・醤油はいつでも必須アミノ酸を摂取できる貴重な栄養源でした。
同じことは、東アジアモンスーン地帯特有の「醤(ジャン)」(魚、豆、乳、麦、米、タピオカ等を大量の塩分を加えて乳酸発酵させた調味料)の役割でもあります。

発酵食品の“美味しさ”

「旨み」を抽出した少し古い事例として「味の素」の発見があります。明治時代後期の化学者池田菊苗は、コンブの旨みの研究からその正体が「グルタミン酸ナトリウム」であることを突き止めました。
また児玉新太郎は鰹節の旨みが、イノシン酸であることを発見しました。
いずれもたんぱく質が発酵分解する過程で生成する物質です。醤油や味噌が「調味料」として用いられるのは、そこにたんぱく質が分解しアミノ酸に至る様々な過程の生成物が豊富に存在し、それが旨みとして感じられるからです。
肉も魚も、獲れたて、つぶしたてよりも、数日置いたほうが美味しさが増すと言いますよね。
これは、筋肉のたんぱく質が自己解体酵素によって分解され始め、様々な旨み要素が発生始めるからです。
微生物による発酵は、たんぱく質を腐敗させずにアミノ酸へ分解させる手助けをします。
旨みを作り出すお手伝いをしてくれているのですね。
そのことが、世界中で「発酵食品」が今も食べ続けられている一番の理由なのでしょうね。